哈囉〜(Hā luó=台湾人がよく使うフランクな挨拶言葉。英語のHelloの意)春風です。
前の記事から台北南部にある烏来の魅力を紹介していますが

今回は烏来に住む原住民について。
台湾の人口は約2,300万人でその多くが漢民族で
全人口の2%にあたる約53万人が台湾原住民です。

2025年1月現在、中華民国台湾中央政府により
公式に台湾原住民と認められているのは16部族で
本記事ではそのうちの1部族であるタイヤル族について
烏来泰雅民族博物館と酋長文化村でその習俗や文化を紹介します。
台湾原住民

台湾原住民は、南は南太平洋諸島から北は東南アジア・台湾まで
広い地域に分布するマレイポリネシア系の民族から成っており
日本統治時代に台湾総督府が実施した台湾原住民の調査報告
『蕃族調査報告書』と『番族慣習調査報告書』の分類によると7部族
現在はより仔細に分類され16部族が公式に認められています。
文化や言語が多少似通った部族が一部にあるものの
基本的にはそれぞれ独立した伝統文化と言語を持ち
日本統治時代は原住民部落でも日本語教育が施されたため
異なる部族間では共通言語として日本語が使用されました。

当時は総称として「高砂族」や「蕃族」と呼称されていましたが
戦後国民党政府が台湾を支配すると「山地人(Shāndì rén)」や
「高山族(Gāoshān zú)」と呼び漢民族との同化政策を進めましたが
(原住民の多くが自身の名字を「高(Gāo)」としたのはこのため)
1980年代に入ると陸続と台湾原住民の地位向上運動が行われ
現在では公式な総称として「原住民(Yuán zhùmín)」が定着しています。
烏来泰雅民族博物館

烏來總站(Wū lái zǒngzhàn)バス停で下車し徒歩5分ほどで
烏来老街内にある烏来泰雅民族博物館に到着。

泰雅族(Tàiyǎ zú=タイヤル族)は、台湾北部の山岳地帯に住み
赤と基調とした民族衣装と躍動的な民族舞踊が非常に特徴的です。

日本でも有名な台湾出身の芸能人ビビアン・スーはタイヤル族の血を引いていて
そんな彼女が出演し2011年台湾で大ヒットした映画「セデック・バレ」は
このタイヤル族の支族であるセデック族(現在は別部族と認定)が
1930年に起こした抗日武装蜂起「霧社事件」を描いたものです。
部族の伝統的な武器である『蕃刀』を持ち

日本兵と勇猛に戦う姿は
彼らの力強さと怒りを象徴しているシーンとして印象的です。
出草=首狩り

タイヤル族に限らず、タロコ族・パイワン族・ブヌン族など
勇猛な原住民部族は自分たちのテリトリーに入ってきた部外者を
『出草(しゅっそう)=首狩り』して殺める風習がありました。
狩った後の首はしゃれこうべにして部落内の首棚や自宅に並べ
自身が成した功績と勇猛さを示す証明としたそうです。

狩りに出た男達が首狩りに成功して雄叫びをあげながら自身の部落へ帰ると
↓動画の如く、老若男女部落総出でこれを出迎えその日の夜はお祭り騒ぎとなり
夜を通して皆で伝統舞踊を踊って首狩りの成功を祝いました。
首狩りには斯様に儀式的・習俗的・宗教的な要素もあったようです。

出草の名前の由来は
「神出鬼没、音もなく草むらから分け出て首を狩った」
「首狩り出発時に、草を抜いて茎の曲がり具合で吉凶を占った」
と複数説があり、その真偽は関連研究に譲りますが
首狩りの風習は、日本統治時代に台湾総督府の理蕃政策
(抵抗する原住民に硬軟織り交ぜて対峙し帰順させる政策)
による取り締まりを受けて禁止され、その後消失しました。
刺青=入れ墨

もう一つのタイヤル族の特徴、入れ墨です。
男子は一人で首狩りに成功すれば、女子は機織りが上手くなれば
一人前の印として顔や体に墨を入れて大人の仲間入りとしたとのこと。
今現在では首狩り同様行われていません。
酋長文化村
そんなタイヤル族の文化に触れ民族舞踊を見ることができる施設があります。
酋長文化村(Qiúzhǎng wénhuà cūn)

赤を基調とした伝統的民族衣装に身を包み
筋肉隆々の男性とスタイリッシュな女性が掛け合い

躍動感ある民族舞踊は一見の価値あり。600元=約2,800円。
あとがき

霧社事件については後日別記事で紹介する予定ですが
本記事途中で紹介した映画「セデック・バレ」は
事件当時の時代背景や原住民各部族の抗争など予備知識がないと
「??」とよく理解できないシーンが多々ありますので
霧社事件に関する書籍を読むかウィキペディアで調べたうえで
映画を観賞することをお勧めします。
では、881〜(Bābāyī、台湾でポケベルが使われていた当時バイバイの意)

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